◎ 心の健康について

 
『心の健康』
“自分の心の反応パターンを変えよう” ―「認知療法」について(その2)― 
 私たちの人生が苦しいものになってしまうのは、事実をありのままに見ないで、自分の思い込みや決めつけで編集した世界を心の中に作り出し、それに対して嫌悪や怒りや執着などの不適切な心の反応をおこすからだといわれています。こうした苦しみを減らすためには、自分の主観的な(誤りの多い)思考に気づき、正しい物の見方を育てていくことが必要となってきます。
  認知理論モデル(図1参照) では、ある個人の「気分」と「行動」は、その人が自分のまわりで起こる出来事をどう考えるか(認知)によって規定されとしており、「認知療法」とは、考え方や行動の切り変えを言葉で再確認していく作業であるといった点については、せいわ5月号で既に述べました。
  すなわち、「認知療法」は思考(認知)のゆがみに焦点を当ててゆく治療法で、うつ病などに対する再発予防効果が高いことも実証されているなど近年注目されてきている心理療法であります。
図1.こころのしくみについて(ベックの認知理論モデルより)
 
 それでは、認知療法の具体的な作業手順の概要について述べてみたいと思います。
 (1)思考面では認知のゆがみの修正を行っていきますが、具体的な方法としては、思考記録表(表1参照) を使って自分の考え方や判断がどのくらい現実的かどうかを検討していきます。
 思考記録表に書きこむことによって、ある程度自分を客観的にみることもできますし、予測と現実の違いを確認することも可能となります。この思考記録表は認知のゆがみを自覚し、修正するのに非常に有効的な方法となっています。
表
【思考記録表のポイント】
@ 記録表に書くことで自分から距離をおけるし、自分の考えを客観的にとらえられる。
A 感情、思考、行動の関係を示し、同じ状況でも人によって感情行動が違うことを理解 してもらう。
B 自分の考えや認知が適切か、有用かを検討する。
 
(2)ある程度の活動が維持できていなければ認知的介入は困難と表2なるため、行動面での修正もはかります。行動面では、消極的・受動的な傾向を変えるために活動記録表(表2参照)を用いて日常生活(行動)の改善をはかっていきます。 なお、認知療法における思考や行動面の実際的・具体的な修正方法の詳細につきましては、下記文献(文献3参照)、表1、2、4などをご覧ください。

  (3)3つ目の介入標的となりますが、今回のテーマでもある、変えるのが難しいとされている「スキーマ」の修正方法について説明してみたいと思います。前号でも述べましたように、「スキーマ」とは、その人の信念や世界観のようなもので、私たちはこの「スキーマ」を使って世の中を認識しているのです。ある出来事によって「スキーマ」が動き出し、その「スキーマ」を通して浮かんだ考えによって感情や行動が生み出されているのです。「スキーマ」とはその人の信念みたいなものですから、その修正をはかることはなかなか難しいのですが、自分への偏見ともいうべき不適応的なスキーマを修正することはその人の心の反応パターンの組み換えにもつながっていくことともなり、いわば心の構造改革ともいうべき重要な取り組みとなるのです。
 うつ病の人は自分に対して、“私は価値がない駄目な人間だ”という「ネガティブスキーマ(自分への偏見、不適応的なスキーマ)」を持っているといわれ(表3参照)表3ポジティブな面は見ないでネガティブなことばかりに目を向けそれを記憶に残しやすいといわれます。そのため、うつ病の治療と再発予防のためにはこうした「スキーマ」を変えることがとても重要となります。

 それでは、「スキーマ」の修正に焦点を合わせた面接記録(文献1のDVDより引用)について述べてみましょう。
 ケースは、「私は価値がない」という「ネガティブスキーマ」を持った女性です。彼女は偏見の強かった夫との生活を清算し2年前に離婚しました。
 
 ネガティブなスキーマを変えるには、代替のバランススキーマとして、「PDL(ポジティブ・データ・ログ:肯定的な事実記録を書き込んでゆく)」を使う方法がよく用いられます(表4参照)このケースの女性には、“自分が無価値なことの証明は見るのに逆の証明は見ない”という自己への偏見ともいうべき不適応的なスキーマを持っているため、どんな些細なことであっても自分にとって肯定的な事実は根気良くPDLに書き込むように促して、自己への過小評価とは反対の肯定的な事実を見つけ出すことによってより良い変化を目指すのです。
 
 では、治療者と患者との実際の面接記録を抜粋しながら、自分に価値があるという証明の事実をさがすための治療者と患者のやりとりを、遂語的に書いてみることにします。 治療者―「あなたは自分を無価値だと思っています。これはまるで自分への偏見です。自分の無価値なことの証明は見るのに、逆の証明は見ないのです。困難な作業ですが、私達が協力し合ってご自分について新しい視点を見つけませんか。自分の価値を見つけてみませんか。」 と患者さんのモチベーションを高めます。

患者―「ええ、頑張って私の価値を見つけたいです」
治療者―「それではその証明となる事実を集めましょう。あなたは今後毎日どんな小さなことでもいいですから自分の価値の証明をさがしてください」
患者―「わかりました」

このように「ネガティブスキーマ」に対する代替スキーマとして、“自分は価値がある”という「ポジティブスキーマ」を設定し、自分には価値があるということを証明する事実が見つかったら、すぐにメモをとりPDLに書き込んでいくように治療者は勧めます。

治療者―証明となる事実をさがしてみましょう。
患者―気分が落ち込んで何にも考えつきません。

治療者―話し合う内に見つかりますよ。あなたのまわりの様々な分野をふり返ってみま しょう。まず仕事です。娘さんや友人との関係、趣味もあります。
患者―男性との関係もありますが、男性との関係は最悪です。

治療者―私があげた中で少しでも自分の価値を感じる関係はありますか。
患者―娘との関係ですかね。

治療者―娘さんですね。娘さんのことで最近自分の価値を感じましたか。 患者―思いついたのですが、昨日夕食を娘と一緒に食べました。その後一緒に映画を観 ました。とても悲しい映画で二人して泣いてしまいました。それで娘が私に寄り添って きて私は抱きしめました。もう10代なのに母親がいるんです。
治療者―PDLに書きますか。

患者―でもよく考えてみると書くまでもないですわ。母親は娘にとって価値があって当たり前ですわ。
治療者―娘さんと心が通じ合ったのです。あなたは自分を過小評価しています。

患者―わかる気がします。
治療者―ですからとりあえず娘さんとの一件をPDLに書いてみませんか。

患者―何と書きます。映画を観ている時、娘にとって自分は価値があるように思えたと。
治療者―いや、価値があったと変更してもよろしいでしょうか。

患者―ええ。変な感じですが、自分の価値を感じられて嬉しいです。
治療者―ではポジティブスキーマを証明する事実をPDLに書き込んでみましょうか。
いいスタートです。(表4の肯定的な事実の記録表の記載をご参照ください)

 このようにPDLへ自発的な書き込みをしていくことによってポジティブスキーマがしだいに増えてゆきスキーマのバランスがとれるようになってゆくのです。
 私たちも心の奥にある自分の「スキーマ」に目を向けて、ゆがんだ認知の元となるネガティブなスキーマを修正して正しい心の反応ができるようになりたいものです。
(引用文献)
1.大野裕 監修:うつ病対策DVD「うつ病の認知行動療法U」JIP
2.J.B.パーソンズ:うつと不安の認知行動療法ワークショップ(2005年3月19日-20日、東京)
3.水島広子:専門医がやさしく教える うつ病(PHP研究所)

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